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FLAMENCO 曽根崎心中
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2004年
フェスティバル・デ・ヘレス
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教会を改築したコンパーニャ劇場
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FLAMENCO 曽根崎心中
フェスティバル・デ・ヘレス 3/9公演 新聞記事掲載


コンパーニャ劇場での公演が、新聞各紙に取り上げられました。
その記事の日本語訳をご紹介いたします。
Diario de Jerez 2004年3月10日
フラメンコの国境を越えた日本人
(デイビッド・フェルナンデス 訳:山口元)
振付家でもありダンサーであるヒロとマミの率いる約30名からなる舞踊団が昨日、勇敢にもフラメンコの国境を越え、例年をはるかに上まわる充実した内容で開幕したヘレスの舞踊祭でデビューを果たし、その経歴に輝かしい1ページを加えた。
 日本の一行は、ヘレスの舞台に立つことを夢見る大勢の人々をまえに、『曽根崎心中』を披露した。日本人の観客も大勢いたコンパニア劇場で、日本人ダンサーたちはこの古典作品に命を吹き込んだ。
 マミとヒロは日本では広く知られているが、今回の公演をきっかけにさらにその知名度をますであろう。おそらく世界的に知られるダンサーになっていくであろう。彼らはフラメンコのひとつの歴史を築いたといえるだろう。これまでいかなる外国の舞踊団もヘレスにおいてフラメンコでこのような成功をおさめてはいない。この偉業に目をむけるとき、もはや作品の内容、主人公を演じた二人のダンサーの演技者としての資質、舞、舞台美術、照明、振り付けの上質さ、観客を感嘆させる力量といったものは二次的なものとさえ映るほどである。
 スペイン人のフラメンコダンサーが初めて日本の地に足跡をしるしてから数十年の後に、マミとヒロの率いる日本人舞踊団は遠目にも分かる敬虔さをもちつつもしっかりした足取りで、昨日の午後フラメンコの殿堂に足を踏み入れた。日本人がヘレスでフラメンコを披露するようになることは歴史的必然であったともいえようが、マミとヒロが日本の古典をフラメンコにしてそれを実現させたのである。
 二人の舞踊団は並みの舞踊団ではなかった。彼らの公演が始まる24時間も前から大勢の日本人の報道カメラマンがカサ・デル・ビノに詰めかけていた。ヘレスでデビューを果たすのには費用もかさむが、その投資に十分見合った期待と感動を呼び覚ました。
 彼らの舞台は大雑把なものではなかった。細部に至るまで細心の注意が払われていた。例えば、平常より小さめの舞台での上演にあわせて、『曽根崎心中』に必要に応じた修正が加えられた。いくつかのシーンでは20人以上のダンサーが同時に舞った。主人公の徳兵衛が苦境に陥るはじめのシーンでもそれが見られた。
 おそらく彼らの『曽根崎心中』において最も良かった点は音楽と歌の担当者が、フラメンコ音楽の安っぽい模倣をしなかったことである。実際、ものまね的要素はどこにも見られなかった。彼らはこの日本版『ロミオとジュリエット』をきわめて独創的に、微塵のコンプレックスも見せず、自分たちのフラメンコ観にもとづいて舞った。単に舞台で踊りを披露したというレベルではなく、前にものべたように意味深いひとつの作品を演じきったのである。恋人たちは死に至るときまで観客の眼前でその情熱を表現し、また例えば裏切り者の友人は良心のかけらもない悪役を見事に演じた。
 見ごたえのある作品に仕上がった主たる理由として、非凡な演技力と劇作法に精通していた点があげられる。例えば、売春宿の場面で、異種の踊りを舞台を立体的に用いながら同時に舞ったことなどにその技量がうかがえた。
 歌に関して述べると、スペイン語でではなく日本語で歌われていたが、観客のこころを惹き付けるすばらしいものであった。音楽も興味深いといえる以上の出来栄えであった。マミとヒロ(鍵田真由美、佐藤浩希両氏のスペインでのアーティスト名)はこのような画期的な舞台の主役を演じたことで満足できよう。
Diario de Jerez 2004年3月10日
日本のヘレスにようこそ
(訳:山口元)
日本から来たマミとヒロは、昨日コンパニア劇場に於いてフラメンコに国境のないことを示し、また、フラメンコが日本で日ごとにその重要性を増してきていることを示した。彼らの演じた『曽根崎心中』は野心作で大きな賭けともいえる舞台であった。おそらくヘレスでの上演を契機にいろいろな地で受け入れられていくであろう。ミゲル・アンヘル・ゴンサレスの写真はフラメンコによる日本版ロミオとジュリエットの一場面である。
Diario de Jerez 2004年3月9日
フラメンコの国境を越えた日本人
(デイビッド・フェルナンデス 訳:山口元)
※この日、カラー2ページにわたって公演前記事が掲載されました。
INFORMACION 2004年3月10日
衝撃的に美しい舞台
(ペペ・マリン 訳:濱田滋郎)
昨日サラ・コンパニーア(コンパニーア劇場)で上演されたシリーズ、「デ・ラ・フロンテーラ」の最後の演目は、マミとヒロの舞踊団による『曽根崎心中』であった。日本の舞踊カップル、マミとヒロには、すでにヘレスのさまざまなペーニャ(フラメンコ・クラブ)――ラ・ブレリア、ロス・セリニカロス、エル・ペスカエーロ――で踊ったことがあったが、舞踊団を率いてヘレスの劇場に登場したのは初めてであり、また彼らの演目、日本文芸の古典的作品をフラメンコの世界に持ち込んだ『曽根崎心中』も、スペイン公演初演となるもであった。
『曽根崎心中』は、まず第一に愛の物語、悲劇的な結末を迎える恋の物語である。(スペイン語)の副題を〈Doble suidio por amor de Sonezaki〉(曽根崎の愛ゆえの二重自殺)と言い、「久しぶりの再会」「徳兵衛の困惑」「女郎屋・天満屋」「死を決意する二人」「愛の死」といった情景(場)に分けられている。
 コンパニーア劇場の舞台は、この演目にとっては狭すぎたため、彼らは舞台を2階建ての作りにして解決を計った。もちろんのこと、日本の技術者たちは有能で、的確にこれを成功させていた。
 マミとヒロのカップルは、よく訓練された舞踊団により支えられた。それは、12名の女性舞踊手と一人の男声舞踊手、矢野吉峰からなっている。歌い手と言えば、日本人の男女が日本語で歌うのだが、曲種は、タンゴスから、ブレリアス、ブレリアス・ポル・ソレア、タラント、ルンバを経てシギリージャにいたる。リズムとメロディの混じりあいは、この上なく興味深いものだった。物語の発展を導く楽器類は、ギター――二人の日本人とマレーナ2世――、ピアノ、パーカッション、日本の笛、日本の太鼓、琵琶であり、パルマ(手拍子)は、カンタオールのアントニオ・マレーナ(彼は今夜、ビジャマルタ劇場で、マリア・デル・マル・モレーノのために歌うはずである)が受け持った。これらの歌の作詞者は阿木燿子、作曲と音楽監修は宇崎竜童、日本の音楽界に重要な存在をなす二人である。
 日本人である彼ら、彼女らが、フラメンコ芸術に対し、捧げる敬意と献身には、賛嘆すべきものがある。この度の一行を形作るアーティストたち、技術者たちはほぼ60名にも及ぶが、第7回ヘレス・フラメンコフェスティバルへの出演を実現するために彼らの払った努力を評価せねばならない。フラメンコというひとつの文化に、肉体的にも経済的にも彼らはそれだけの努力を捧げたのだ。フラメンコは、かねがねその「世界性」が語られてきたにせよ、日本のように、視覚的にも聴覚的にも確固とした素晴らしい民族芸能を持つ人々にとって、やはり程遠いものであるはずなのに…。
ABC 2004年3月10日
的確を極めた演出
(ペペ・マリン 訳:濱田滋郎)
『曽根崎心中』の上演、演出に関して、われわれがどのような言い方をしようと、それは現実の舞台の“素晴らしさ”を前に、効力を失ってしまうことだろう。主人公たちであるマミとヒロ、以前にもヘレスで踊りを披露したことがある彼らはいうに及ばず、もう一人の男性舞踊手や舞踊団全員、歌い手たち、音楽家たち、技術者たち…、結局はこの演目を我々の前にもたらすことを可能にしたすべての人たちに賞賛を捧げたい。この舞台は、日本人たちの手で作られたものだが、同時にそれは、彼らが我々のフラメンコ芸術に寄せる深い愛情と敬意に基づいて生まれたのである。
 この『曽根崎心中』を作り上げたと言うそのこと自体が、われわれアンダルシア人、フラメンコを愛する者たちの絶対的な感謝の念に値する。更に言い添えねばならないのは、このような第1級の舞台、アイデアを生かしきったあまりにも見事な仕上げ、そして、こうまでも素晴らしい目および耳への感動的瞬間に対し、我々はただ、一体となり夢中になって喝采を送るしかない、ということだ。昨晩の喝采がまさにそうであったように。
Diario de Jerez 2004年3月12日
※フェスティバル全体の総括記事
(訳:濱田滋郎)
……ヘレス・デビューした最初のフラメンコ舞踊団であるマミとヒロのそれは、フラメンコを彼らの地に持ち込んだ作品、日本流の『ロミオとジュリエット』を演じたが、それは失笑を与ええぬばかりか、ひとつの目覚しい“事件”といえた……

※40以上ものコンサートが行なわれた中で、掲載された写真は2点のみ。
 そのうちの1点が『曽根崎心中』で、この訳は『曽根崎心中』部分です。
 
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