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2005年スペイン紙掲載
文化庁芸術祭大賞受賞
文化庁芸術祭優秀賞受賞
2000年へレス紙掲載
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2005年12月17日更新
 
2005年スペイン紙掲載

     
 
ディアリオ・デ・ヘレス  2005.11.8
マミ(鍵田)とヒロ(佐藤)のビジャマルタでの勝利

さる日曜日、ヘレスの伝統ある劇場は、二人の日本人アーティストによる公演[アルテ・イ・ソレラ―日いずる国からヘレスのコンパスへ―]に、熱い喝采を送った。 記者:アントニオ・ヌニェス

 一昨日の日曜、ヘレスのビジャマルタ劇場において素晴らしい芸術性と伝統を備えた鍵田真由美と佐藤浩希は、エレガントで魅力的な作品「アルテ・イ・ソレラ―日いずる国からヘレスのコンパスへ―」を発表した。この二人のアーティストと我々の住む土地ヘレスを愛する人々が、仲間達とともに、すばらしい芸術を届けてくれた。
このカンパニーは、昨年行われた第8回ヘレス・フェスティバルに参加している。またそれ以前にも、ヘレスのペーニャ・フラメンコ(フラメンコ愛好家が集う組織)のセルニカロスとペーニャ・ラ・ブレリア主催のライブでも成功を収めており、その優れた舞踊の才能は、ヘレスの人々にすでに知られていた。
 今回、鍵田真由美と佐藤浩希がヘレスで公演した新作は、昨2004年に日本で初演されたもので、文化庁主催の芸術祭において大賞を受賞した作品である。同賞はアジアのこの国において最も名誉ある賞とされている。
 舞台では偉大なカンタール、アントニオ・マレーナが要となり、また、舞台裏はヘレスに拠点をおくマリア・デル・マル・モレノ・フラメンコ・カンパニーの制作により、スペイン-日本の優れた出演者たちは、みごとに一体化していた。この強力な協力者たちによる支援が、魅力的な作品「アルテ・イ・ソレラ」をカンパニーとともに構成し、今回の作品の上演を可能にしたのである。 
同公演は、シギリージャ、ソレア、ブレリア、ロマンセ、セラーナ、マルティネーテ、そしてファンダンゴ等、カンテ(歌)とバイレ(踊り)による代表的なフラメンコのナンバーに彩られ、舞台を堪能した観客の盛大な喝采を受けた。マテオ・ソレアとマレーナ兄弟のアントニオとマヌエルのカンテ、そして、クーロ・デ・ヘレス、サンティアゴ・モレノ、マレーナ・イーホのギター、パルマのルイス・デ・ラ・トタによる演奏で踊られたマミのシギリージャは、非常に強い印象を観客に与えた。ヒロはフラメンコとしての濃い内実と芸術性を携えて舞台に乗り込み、すばらしいソレア・ポル・ブレリアを自在な動きで表現した。この曲は、仲間たちとともに、この夜もっとも盛大な拍手を観客から勝ち取った。ヒロは2曲目のソロでも、前曲と同じ芸術的個性で堂々たるセラーナを観客に届けた。続いて、6人のバイラオーラ(女性舞踊手)と3人のバイラオール(男性舞踊手)で構成された高い統制美を身に付けた舞踊団員が、マルティネーテとシギリージャを踊り、カンテ・スタイルに呼応する完璧な群舞を展開した。アレクシス・レフェブレのバイオリンは(いくつかの)フラメンコ曲に更なる楽しさを加えた。アントニオ・マレーナとマテオ・ソレアはマルティネーテを唄い継ぎ、深い感銘と驚きを与えてくれた。クーロ・デ・ヘレスのギター伴奏でタラントを歌ったマヌエル・マレーナはカンテの新たなスタイルを示した。

「 ARTE Y SOLERA ――日いずる国からヘレスのコンパスへ――」
東の国の「ヒターノス・ブランコス」が、フラメンコはアンダルシアに
とどまらないことを実証した。

訳)「ヒターノス・ブランコス=白いジプシーたち」
鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコ舞踊団、はフラメンコ舞踊の古典を
表現することに成功した

記者 アントニオ・エルナンデス
写真キャプション: 作品は最初のシーンから驚くような満足感にあふれていた。


 観客のほとんどは、なんらかの先入観を持っていたり、日本文化というものに対してステレオタイプな認識を持っていたにちがいない。 11 月 12 日の土曜日、フアン・ベルナベ市民劇場に「アルテ・イ・ソレラ――日いずる国からヘレスのコンパスへ――」を見るためにやってきた多くの観客たち。彼らは、鍵田真由美・ 佐藤 浩希フラメンコ舞踊団のこの公演で、日本の伝統的な踊りの動きなど日本的なイメージを見ることになるだろうと思っていたはずだ。だが、その予測は、見事に裏切られた。
1 時間 50 分の上演時間中、舞踊団の日本人たち、そして、 2 人のスターは、異国の文化であるフラメンコを充分に習得していた。またその成果がはっきりと証明しているように、プロとして、バイラオール(フラメンコダンサー)としての技量をも見せつけた。
この日本人のカンパニーには、カンテ(歌)でアントニオ・マレーナ、マテオ・ソレア、マヌエル・マレーナ、ギターのサンティアゴ・モレーノ、マレーナ・イーホ、クーロ・デ・ヘレス、パルマにルイス・デ・ラ・トタ、バイオリンにアレクシス・レフェブレが参加した。
シギリージャ、ソレア・ポル・ブレリア、ロマンセ、セラーナ、マルティネーテ、ファンダンゴ・ポル・ソレアなどが、 そのスタイルから 仲間たちが「ヒターノス・ブランコス(白いジプシーたち)」と呼ぶ彼らの完璧さをもって披露され、踊られた。
公演の最初の段階から舞踊家、振付家、主演者であるマミ(鍵田真由美)とヒロ(佐藤浩希)の巧みさは、大勢の観客が集まったフアン・ベルナベのステージで際立っていた。ヘレスからも多くの観客が足を運んでいる。
鍵田 真由美はオレンジ色のバタ・デ・コーラに身を包んで、その日の公演を開始した。そしてこのバタ・デ・コーラをエレガントに自由自在に操り、卓越した技術でカスタネットを打ち鳴らした。幕開けから、彼らの意外性は観客を充分に満足させるもので、観客はそのことを熱烈な喝采で表した。
佐藤浩希はすばらしくフラメンコなスタイル、エレガントな黒のジャケットに赤のスカーフといういでたちで、優雅でありながら、力強さやりりしさに欠けることなく、クラシックなフラメンコの踊りを披露し、観客の驚嘆を得た。客席からはこのヒロのすばらしい演目にハレオ(掛け声)を飛ばし、観客はじっとしていられなかった。 群舞においても、この作品すべてに貫かれている古典主義的な要素は充分に満たされていた。

ヘレス・インフォルマシオン 2005.11.8
「 ARTE Y SOLERA ――日いずる国からヘレスのコンパスへ――」

ヘレスで、日本がフラメンコの才能を証明した
マミ・イ・ヒロのカンパニーがビジャマルタで楽しい作品を披露した。

記者 ルイス・ロマン

さる日曜日、マミとヒロ(鍵田真由美と佐藤浩希)が率いる日本人のバイラオールたち ( フラメンコダンサーたち ) を、私たちの町のビジャマルタ劇場は熱烈に歓迎した。優雅で上品な様式美が振り付けと絡み合い、丁寧に作られた作品と重厚なフラメンコはなにより特筆に価する。この日曜の上演では出演者たちがブレリアスのパルマで劇場から去ってしまっても、観客はみんな完全に満足していた。それは、彼らの取り組みに対する当然の“賛辞”だった。

こんなことを書くと、ただただ頑固なフラメンコの純粋主義者は、思考の狭さから早とちりして怒りのクレームを寄せてくるかもしれない。 本来、文化というものは、その究極の表現においては根本的なアイデンティティの証となるものだ。それは常に古来から受け継がれた人間の感情・魂が入り混じったもので、そこにはいろいろな思いが混在し、一見異なる遠い国の魂とも共存するものである。 人間の才能を押さえつける柵は存在しない。文化の本質は無国籍で、地域に根ざした伝統という流れに逆らいながらも国境を越え、やがて異国の土地で融合するのだ。 ヘレスのコリセウム −またの名はビジャマルタ劇場− にマミとヒロの舞踊団が、彼らの作品「日いずる国からヘレスのコンパスへ」をひっさげてやってきた。アートディレクションはアントニオ・マレーナ、制作はモレノレ社(マリア・デル・マル・モレノ・フラメンコ・カンパニー)。 鍵田真由美Mami と佐藤浩希 Hiro は多くの出演者をヘレスに連れ込んできた。アントニオ・マレーナ、マテオ・ソレア、マヌエル・マレーナのカンテ(歌)、サンティアゴ・モレノ、マレーナ・イーホ、クーロ・デ・ヘレスのギター、ルイス・デ・ラ・トタのパルマ、アレクシス・レフェブレのバイオリン。そして、2人の主演者に従う舞踊団員は、矢野吉峰、柏麻美子、権弓美、東陽子、工藤朋子、多田美和子、高木栄子、末木三四郎、中根伸由。

幕が上がる!
プログラムでは、当然のことながら踊りが主体となった 7 つのナンバーが披露された。しかしながら、それはフラメンコの要であるカンテ ( 歌 ) のプログラムでもあったといって良いだろう。なぜなら、公演は確かに踊りの公演と認識されるものだったが、歌い手たちは日本からやってきた踊り手たちと同等にそれぞれが個々にスポットを当てられ、歌の場面が充分にクローズアップされていたからだ。
マミのシギリージャの動きは純粋にリズムとテンポの概念を突き詰めながら、東洋的なゆったりとした動きによって表現された。 3 人が朗唱する声に乗って、優雅なコンパスとカスタネットの燃え立つような響きが演じられた。ヒロは燃えさかる炎のような踊りでさっそうと戦の場に登場し、ブレリア・ポル・ソレアを披露した。

プログラムの中ほど、複数の出演者により構成された、興味深いロマンセの演目が披露された。途中少したるんだ場面もあったが 、それはスペースの制限から来るものであって、彼らの努力不足からくるものではない。
プログラム 5 番目はヒロのセラーナのソロ。彼はこのフラメンコの曲種が謳いあげる牧歌的な感情を優雅に表現した。この曲で演じ歌われる野に生きる人は、また一方で大地の自然のすばらしさと、彼の奥に秘めた感情と心を通わせることの出来る自由な人間のたとえでもある。次に、ふいごのリズムに乗ったマルティネーテの中に、シギリージャがあちこちにちりばめられた作品が披露された。ここでは断末魔のようなゴルペ(足裏全体で打つフラメンコの靴音)と絶望にゆがんだ表情で、命を葬るために研ぎ澄まされた鎌の刃で刈り取られる黒くやせ細った死が語られた。そして場面は変わり、最後から 2 つ目の演目(マミのファンダンゴ・ポル・ソレア)は、このプログラムの中で最も美しい演目であった。最後の場面では、祝い歌にあわせてパルマ(手拍子)が叩かれ、舞踊団、アーティストたちは、フィエスタの雰囲気の中、互いに舞台をやり遂げた喜びを分かち合いながら、ジェイリ、ジェイリ、ジェイリ……のリズムにのって舞台から去っていったのだった。
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